« August 2010 | Main | November 2010 »

September 2010

ジャージと眼鏡が交差するとき、物語は始まる

Tessou
どんな物語が始まるかは分かりませんが、このネタでライトノベル一冊くらいは書けそうです。というわけで、『とある科学の超電磁砲』の鉄装綴里を描いてみました(ジャージはオープニングカットでしか出てきてないのでイメージです。でも個人的には鉄装さんはこれですよええ)。私的には四人娘を押さえて断トツで好みなのですが、世の中では少数派のようです。しかし、学園都市がやけに眼鏡っ娘比率が高いのはきっとツリーダイアグラムがそうプログラムしてるからですね!・・・既にこういう外伝ありそうでヤダな(笑
#後ろに書いてあるのは例によって西川魯介ネタです・・・眼鏡話となればやはり参照せずにはおられません。ええおられませんとも!w

手元にある『萌える眼鏡っ娘の描き方』の中にある「眼鏡っ娘キャラの分類」に挙げられている類型は「おとなしい図書委員」「真面目な委員長」「キュートな妹」「ドジっ娘のメイド」「見習い魔法使い」「クールな女性教師」「セクシーな女医」「ミステリアスな女怪盗」「ボーイッシュな整備士」となっているが、この中で、かつて定番であり、私にとってもっとも親しみのある類型である「マッドサイエンティスト」の類型が抜け落ちていることに若干の違和感を覚えた。近時の事例では、『オオカミさんと七人の仲間たち』のマジョーリカ・ル・フェイがいるが、これは作品自体がある種の自覚的なデータベースとして構築されているが故のキャラ造形であろう(実は巨乳、とか、眼鏡を取ると美人、といった設定も極めて古典的である)。
おそらく、ゼロ年代からネクスト・ディケイドのコンテンツにおいて、かつてあかほりさとるが典型的に描いていたような「マッドサイエンティスト」的な眼鏡っ娘の造形は古典的に過ぎるのだろう・・・かつて自然科学は圧倒的にマスキュリンな領域であり、眼鏡や白衣といったアトリビュートは女性が身にまとうことによって、ジェンダー的なコードを混淆させるという効果が企図されていたものと思われるが(無論それ故に、それらを剥ぎ取られたときのフェミニンさを強調するための舞台装置でもあった)、おそらく、現代日本社会におけるジェンダーのコードはそれほど単純なものではない。
例えば、『とある科学の超電磁砲』において「科学」のメタファーを中核的に担っている木山春生は、白衣をまとっているものの眼鏡をかけていない。しかし彼女は、ある意味古典的なフェミニンさとのギャップの順接的な表現としての「脱ぎ癖」を持つことで、古典的な「マッドサイエンティスト」の類型をベタに表現しているキャラクターと言える。一方で、「風紀委員」の固法美偉は、典型的な「委員長」キャラとして「眼鏡」を着けているが、アウトローとしての過去というギャップを附与されることで、古典的なキャラクター類型から若干外れる方向性を内包しているようにも見える。
それでは、ゼロ年代/ネクスト・ディケイドにおける「眼鏡」にはどのような<意味>が求められているのか・・・その点で興味深いのは、「警備員」の一員として登場する鉄装綴里である。鉄装のかけている眼鏡は自然科学的なメタファーを指し示しているわけではなく(専攻は明らかではないが、通常の学校教員であるようである)。また、「委員長」的なキャラクターに附与される知的メタファーを指し示しているわけでもない。そこで期待されている連想は、鉄装の教員としての衣服としてのジャージと順接的に接合する「日常」のイメージなのではなかろうか。
おそらく、『超電磁砲』の技術レベルから考えれば、視力矯正は容易に行うことが出来るであろう。しかし、作品世界の中には意図的にクラシカルな舞台装置が残されており(いまだにペーパーレスになっていないくらいである)、読者の連想を駆動するように構想されている。そして、その意図的に残されたクラシカルさこそが、「眼鏡」というメタファーに残された意味なのではないか、というようにも思われる・・・このクラシカルさ、つまるところ「野暮ったさ」もまた、眼鏡っ娘のベタな魅力であることは言うまでもないが(笑

| | Comments (40) | TrackBack (0)

« August 2010 | Main | November 2010 »