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November 2009

語呂合わせか合いの手かはっきりしてください

Juno_2
いやその、ED曲の中で、ユノの合いの手が1)「アルゴン!」とか「リン!」とか繰り返す場合と、2)「チタン!」とか「クロム!」みたいにそれ自体が元素周期表の一部の場合と、3)「会いたい!」とか「なんか強そう!」とか、本当に単なる合いの手の場合があるので・・・というわけで、今最もハードなSFアニメ『エレメントハンター』からアシスタントのユノ。なんかぼーっとした声質が良いですね(結局声か(笑))。
(付記:よく考えたら、「なんか強そう!」はユノじゃなくてコフ司令官の合いの手でした。すみません)

NHK教育で放映されるアニメの中には、時折り、奇妙にSF色の強い作品が含まれることがある。近時の作品の中では、近未来のヴァーチャルテクノロジーのあり方を情緒豊かに描きあげた傑作『電脳コイル』が記憶に新しいところだが、現在放映されている『エレメントハンター』は、テクノロジーレベルがかなり進んでいる上に、相当難解な設定(「ネガアース」など)を踏まえていながらも、どこか古典的な雰囲気を纏った作品である。
この、高度なSF設定と古典的な雰囲気の並立という作風は、過去に『天才てれびくん』枠で放映されていた、所謂「ヴァーチャル三部作」との接続を感じさせるものだが、ヨリ具体的には、SF設定を担当する金子隆一の作風であると言えよう・・・そして、氏がこだわりを見せるSFガジェットが「軌道エレベーター」であることは、端的にその世界観が、クラーク的なハードSFのそれであることを強く印象付ける。
#これと対比すると、『電脳コイル』の世界観は所謂御三家のものよりも、むしろニューウェーヴSF(バラードなど)に近いように思われる。
クラークのSF世界は、ドラマトゥルギーにウェイトをおくハインライン、境界事例の思考実験に近づくアシモフと比すと、順接的な意味での「センス・オブ・ワンダー」に溢れているように感じられる。もしそうであるならば、そのSF設定は、子どもたちが「未来」や「テクノロジー」に対して抱く憧れを喚起する作品形式としての「ジュブナイルSF」との親和性は高くなるであろう・・・「ヴァーチャル三部作」や『エレメントハンター』に漂うどこか古典的な薫りは、かつて朝日ソノラマ文庫が持っていたようなクラーク的「ジュブナイル」の薫りであるのかもしれない。

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スイカ一つを友にして

Ikaros
えらく間が空いてしまいました。なんだか仕事が次々と襲ってきて、ブログを更新する心の余裕がなかったのです・・・その間に秋の番組改編があったにも関わらず、一日平均1~2本の深夜アニメを視聴し続けているところからすると、時間がなかったわけでは決してなかったのでしょうけど(笑)。というわけで、秋の新番組中もっともキャッチーな『そらのおとしもの』からイカロスをば。
#世代的に、「イカロス」というとこの歌なんですよね(笑

相変わらずかなりの数の新番組が開始される深夜アニメ帯だが、最近の傾向としては、1)ラノベ原作の増加、2)第二期の増加、とともに、3)自己言及性(メタ構造)の自覚、が顕著な特徴として挙げられるように思われる。このうち自己言及性に関しては、「深夜アニメ」が物語的に自らを「深夜アニメ」としてアイデンティファイし始めているということの指標であり、メディアとしての成熟を示すものであろうから、それ自体は喜ばしい現象であると言えよう・・・深夜にアニメが放映され始めた当初は、その「深夜アニメ」としての意義づけがコンテンツ自体の差異(子供も向けとは言いがたい描写など)と直結していたことに鑑みれば、その構造的な違いは明らかである。
しかし、言うまでもなく、自己言及性はそれ自体が構造化されるという特質を不可避的に抱え込んでおり、その利用には自覚的に慎重になっておかないと、そのコンテンツは、容易にメタゲームの罠にはまり込んでしまう・・・例えば、今期から始まった『生徒会の一存』は、原作のラノベ自体が他作品のサンプリングを多く含むという特色を備えているが、アニメというメディアでは、サンプリングの面白みを表現することのコストが大きいためか、権利者に許諾を得ている場合であっても、その参照系の面白みをいまひとつ表現できずに終わっているように思われる(せっかく許諾を得たんだったら、もう少しちゃんとストライカーユニットを描くべきだと思うのだが)。しかし、判断が難しいのは、この種のコンテンツとしてのクオリティの不十分さそれ自体を、「深夜アニメ」的な特色として活用しようとするスタンスである。これは、現在のところそのバランスは保たれているように思われるが(意図的に録音を失敗した、あるいは、失敗を演じたテイクのエンディングを使うところなどはなかなか愉快である)、匙加減が極めて難しいところであろう。
この「自己言及性」について、今期もっとも上手くバランスをとっているのは、おそらく『そらのおとしもの』であると思われるが、興味深いのは、この作品はそもそも原作の時点でかなり高度な自己言及性を備えているということであろう・・・この作品には一応深刻そうな世界設定が存在しているが、その異世界に関する設定自体は、特段センス・オブ・ワンダーを感じさせるようなものではない。しかし、そのありきたりさに退屈を感じ始めるかはじめないか、というあたりで、その深刻さをまったく顧慮しないような、バカバカしいエピソードが挟み込まれる構造を持っているのである。おそらく、原作の優れているところは、この深刻さとバカバカしさの配分のバランス感覚に拠るところが大きいように思われる。後者についてウェイトの高いアニメ版が、どういったバランスでこの特色を表現するか、見守りたいところである。

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