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December 2008

「まるで波の静かな大海原を彷彿とさせるような」

Minami
・・・確かに、詩的な表現をしたところでなんのフォローにもなってませんな。ということで、井上堅二『バカとテストと召還獣』から島田美波。本当は秀吉を描こうかと思ったのですが、「基本的に女性キャラしか描かない」という拙ブログの数少ないポリシーに抵触する虞があるので(笑
#しかし、ライトノベルの文体は日々進歩しているのですね。なんというか、擬音の使い方や改行の作法など、いろいろな点での洗練を感じます。『バカテス』の卓抜した文章センスは、一昔前だと火浦功の<スターライト・シリーズ>に感じたような軽やかさですね。
##毎回「バカテスト」の教師のコメント(という名のツッコミ)には脱帽です。個人的には、3巻の「ジョンです」が好き(笑

『トーキングヘッズ叢書』は、なかなか店頭において目にすることが無い本で、私自身も数冊しか手元に持ってはいないのだが(ちなみにゴス特集とか(笑))、ある日秋葉原のとらのあなに赴いた際に平積みになっており、いささか当惑させられた。特集は「胸ぺったん文化論序説」、確かにとらのあなに並べられてしかるべき本ではあるが、内容はいつもの『TH』らしくサブカル色の濃い記事で占められており(特集にあたっての序言が「源氏物語」千年紀や「テロとの戦い」などに言及するのがいかにもそれっぽい)、果たしてどんな客層が手にするのか、いささか気になるところではあった。
#『國文學』が「萌えの正体」と特集したときにもとらのあなで取り扱いがあったので、私のような斜に構えた需要はあるのだろうが・・・。
さて、この特集においてキーワードとされているのが、「フラジリティ(脆弱さ)」と「ネオテニー(幼形成熟)」である。この二つの要素の交点に「かわいい」という価値の順接的な肯定が定位されることには、おそらく異論は生じないであろう。まさしく「かわいい」は「正義」だということになるが、この「正義」の内実が、伸絵の視線によって美羽らが「主体性を剥奪された、眺められる客体と化されている」ことの正当化であるという指摘には同意せざるを得ない(寺澤梟木<書評>『苺ましまろ』、以下の記事は全て同書所収)。フラジリティは、この文脈においては確かに、価値の欠落、虚焦点としての想像性を強く帯びた、ジェンダー的な「欲望装置」として機能することになるであろう(志賀信夫「微乳礼賛」)。
しかし問題はおそらく、フラジリティとネオテニーが必ずしも順接的に結びつかない概念であるということである。とりわけ後者に、「幼いままでいること」の肯定的価値を読み込むとすれば、そこに「脆さ」が伴わない蓋然性は無論ある。この点で、少女人形作家埜亞の創る人形を「あえて子供らしい顔」を作っているのではなく「成長していく姿というのはあまり思い浮かべることができなくて、もうこれで十分成熟しきっているイメージがある」と評する森馨の指摘は示唆的である(埜亞×森馨~少女人形作家 少女論放談(なお勿論、森薫とは別人である。為念))。ここには、欠落ではなくむしろ「充足」としての「ネオテニー」を評価する視点が含意されているが、この省察の後景に「成長すること」の価値の相対化を帰結する<近代の物語>の失効を読み取ることは、それほど困難なことではないであろう・・・とはいえ、「より積極的なネオテニー化の受容」としての「大人に変身せずにかわいくなる魔法少女」に「力ある者の暴力的支配の否定」と「エコロジーと共鳴する部分」を見出すのは、いささか読み込みすぎだと思うが(笑)(沙月樹京「小さき者たちへの賛歌--アニメ等にみる胸ぺた萌えの心理学」)。
#お前が言うな、という批判は甘んじて受けます(笑

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