ちょっとした心理テストです

最初は特に他意はなく、デザインのつもりで描いたのですが・・・この背景が「前シッポ」に見えた人は自己申告でペンギン帝国に出向いてペンコマの仲間入りをしてください(笑)。というわけで、近年希に見るツッコミ不在マンガの双璧、なかま亜咲『火星ロボ大決戦!』から<読心のフンボルト>。「帝王様私は?」「うむフンボルト、 お前は/可愛いぞ」「え~?」とか、この種の展開が敵味方問わず延々続きます。つーか誰か止めてやれ。
#ちなみに、もう一つの壁は古賀亮一の『ゲノム』。『ニニンがシノブ伝』は楓がいるのでまだ話が機能するのですが、『ゲノム』は誰もパクマンさんのドリームを止めないので(笑
##『火星ロボ~』では、主人公?のギコとかが突っ込み役にまわることが多いのですが、あくまでこれは相対的な話なので・・・。
さてそれでは、「アホの子」属性とは何か。ネットでもしばしば言及される、野本由紀「私的知恵故障」(『空想美少女大百科』(別冊宝島421、1999))では、「天然自然のものが不思議でしようがない」「パンツが見えても気にならない」「口はいつでも半開き」の三点が特徴として挙げられており、更に、外見的な特徴として「たぬき顔」「ルックスは中の上」「女の子らしいファッション」が挙げられているが、この野本の論考のキー概念は「自意識」、すなわち「女であること」、「見られていること」から自由な「白痴のような美しさ」であろう。
#このあたりの言説分析としては、井上章一『パンツが見える。 羞恥心の現代史』(朝日新聞社、2002)がよく引かれるところであろう。
##そういや、『ネギま!』の夕映には当初「パンツや下着が見えてもそんなに気にしないケド他の人には意外なトコが恥ずかしかったりする」という設定があったようですな(5巻)。
すなわち、「アホの子」属性について語ることは、(当然といえば当然のことだが)ジェンダー的にバイアスがかかっている近時のメディア言説の中で、あえてそのバイアスから次元をずらしたキャラクター造形を提示することで差異化を図る、という戦略についての評価を定めることなのかもしれない。「アホの子」は、例えば「フェミニン/マスキュリン」や「ガーリッシュ/ボーイッシュ」といった対抗概念により水平化される言説に異を唱え、ジェンダー的な問題系の束縛から解放された魅力を帯びることになるのであろう。
さて、個人的な問題関心としては、「アホの子」という類型が帯びる「知恵」への距離のとり方がいささか興味深く思われる。「アホの子」という呼称自体が指し示すように、上述の野本の分析における「自意識」からの解放は、「白痴のような美しさ」として描出される。しかし、これとはまったく逆の方向性として、知識を蓄積することでこの「自意識」からの解放を強調する方法論も存在すると考えられるからである(「知識の蓄積」と「知恵」を同視出来るかどうかは議論がありうるが)。もっとも、人文科学系のそれはロマン主義に傾斜するため、ここで採用されるのはもっぱら自然科学系の「知恵」、すなわち「マッドサイエンティスト」の類型であろう。これは過去のキャラクター類型でも、それこそ手垢がつくほど用いられてきたものだが、果たして昨今の「アホの子」に対してはどのような位置関係に定位されるのであろうか。
#そういえば、ギャルゲーで「社会科学系の知性」を強調するキャラ造形ってあまり見ないような。何故だろうか?


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