きっと五丈原にも温泉があるに違いない

・・・まさか自分がこのネタのイラストを描くことになるとは思いませんでしたが(笑)、『一騎当千DD』から張飛益徳(個人的には「翼徳」の方を使いたい感じ)。初代の『一騎当千』のときはあまりにネタ過ぎてついていけない感じだったのですが、『DD』は何故かするずるとオンエアを見続けてしまいました・・・世代的な問題なのかもしれませんが、字幕で「成都学園一年 張飛益徳」とか出されると、それだけで笑えてしまいます。
#しかし許猪に負けるのは能力的にいかがなものか(いやほら、張飛武力99だし)。
##しかし最近のアニメは、どうしてもオチに温泉を持って来たがるのですな。『おとぎ銃士赤ずきん』も温泉だったし(笑
###『さよなら絶望先生』なんか初回から温泉だったし(笑
最近とあるきっかけで、東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』を精読する機会があり、それと併せて『コンテンツの思想』を読んだのだが、後者のうち、桜坂洋・新城カズマとの対談がなかなかに面白かった。というのは、東浩紀も桜坂洋も、イラストを描くときに「オーソドックスに目から描く」と述べており、そのことと、東浩紀が他の対談でこだわっている「キャラ」にグラフィカルなイメージが必須であるかどうか、という問題がリンクしているのではないか、という気が少ししたからである。
東浩紀は、キャラの「固有名」の創作について、その構造を理解できないと述べている。だからこそ、「小説には言葉の世界しかなくて、虚構の固有名しかないのに、それが固有名として力をもっている」として、評論と小説が本質的に違う、という立場を取るのであろうし、逆に、東浩紀が「オーソドックスに目から描く」イラストには、「固有名」としてのキャラの本質は備わることが無いのだろう(創作者である桜坂のイラストには備わるのかもしれない)。『動物化するポストモダン』では、「萌え記号」だけの単一の層としてデータベースがイメージされ、消費の観点からはその組み換えによって「萌えキャラ」を創作しうる、という理解が示されていたが、創作の側の観点からは、データベースには「キャラクター」の層も存在する、というように論が修正されているのも、この事情を反映しているのだろう。
このあたりは、小説もイラストもネタ程度にしかかじっていない私には、心情的によくわかるところである・・・思うに、評論という作業は、創作(キャラの「固有名」の創作も含む)の手段から疎外された立場から、創作を行いうる人々が造り上げる価値を収奪し、その交換過程において言説の価値を仮構する、という、エンゲルス的な意味での「生産者の仲介的階級としての商人」の所業(G-W-G’)なのではないだろうか・・・おそらく、評論家は「小説」の価値に、自らが参画できないからこそこだわるのだろう。
#当然、私がこのように「張飛」をネタにイラストを描いても、そこに「キャラ」は立ち上がってこないはずである(笑
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Comments
>文月さま
コメント有難うございます。「ヒロインの名前がありえない」といえば私は『ゲド戦記』の邦訳を思い起こすのですが・・・ヒロイン格なのに「ノコギリソウ」って(笑
このあたり、適当に「冗談」で書いているところなのですが、本文で触れている「固有名」は、伊藤剛さんの『テズカ・イズ・デッド』で「キャラ」と「キャラクター」が区別されている、ということを踏まえて、「人がキャラをキャラとして認識する決定的な条件」が「図像」に対する「固有名の名指し」である、とされているところから来ています(p.92)。なので、いわゆる「固有名詞」とは少し違う意味なのです・・・わかりにくくてスミマセンです。
最終話で温泉、というと、私は個人的に『竹本泉のいろいろぶっく』なのですが(笑
#『こいこい7』は3巻くらいまで読んだ気がするのですが・・・シリアス展開になるのですか?
Posted by: 鏡塵 | July 26, 2007 at 02:39 AM
名前の音や字のイメージから、キャラの表面上の美醜や性格、作中の重要度が計れるようにパターン化されている事は多いと思いますよ。
これは、講談物の時代からそうかと?
とある翻訳者さんが海外の作品を絶賛していた時に「でも、ヒロインの名前がありえないから翻訳しても売れないだろう」とか書いた覚えが。
それはそうと「最終回は温泉」には『こいこい7』という金字塔がありますよ。
前話までのシリアス展開を全て放り出し、何事もなかったかのように全裸での温泉ドタバタ話で閉めたという、誰もが予想しえなかった結末。
この野心的かつ前衛的センスに対抗しうる温泉話をわたしは知りません。
Posted by: 文月文 | July 24, 2007 at 05:17 AM