言い訳は用意しておきましょう

まずそれ以前に、深夜ならまだしも日付が変わる前(TVKは23:00から)にコレを流していることの言い訳を聞きたいものです(笑)・・・というわけで『もえたん』からぱすてるインク。設定画を見るの面倒だったので、紙媒体の『もえたん』を引っ張り出してきて描いたのですが、今見ると細部がいろいろ違うっぽいですね。
#原画のテイストを再現できないのは仕様ですのであしからず・・・『電撃萌王』(第二期)の「スク水描き方講座」を見て描けばよかったのか(笑
##しかし、「歌の力で文化を取り戻すのだ~」とか、まったくヒネりも必然性もないパロディを乱発するのはいかがなものか。第3話タイトルもホントは「怪奇大作戦」なんだろうし(笑
先だって、後楽園ホールで『ハッスル』を観戦する機会があった(藤田さまさんくーです)。一部であまり評判の良くない『ハッスル』だが、エンターテインとしてしっかりパッケージングされており、私は結構好感を持った(高田総統とインリン様は確かに、すばらしい「キャラ」である(笑))。しかし一方で、訓練を受けていない素人さんが「プロレス」のリングに上がる、ということにつき、根源的なところで違和感、というか、いろいろ考えさせるとことがあったことも確かである。象徴的だったのがメインの6人タッグマッチで、素人2人+坂田亘のハッスル軍と、巨大な外人レスラー2人+川田利明のモンスター軍(こんなところでスコット・ノートンが見られるとは・・・)が対峙し、そのコントラストを強調する、という設定だったのだが、最後に、決して体の大きい方ではない川田が(手加減しているのだろうが)まともに浴びせ蹴りをRGに入れてしまい、見ているこっちが心配になるようなフィニッシュだったのである。
試合後藤田さまと食事をしながら話していたのだが、確かに「ファイティング・オペラ」である『ハッスル』の主要な構成要素はストーリーラインであり、その意味で川田がピンフォールを奪う必要があったとしても(そうしないと天龍が出てこられないので)、果たしてそれを素人相手に、プロレス的にも説得力のある技で決める必要があったかどうかは疑問である・・・ここは、プロレスをプロレスたらしめている点は果たして何か、ということを考える際に重要なポイントであるように思われる。
おそらく、川田がプロレス技で坂田から3カウントを奪っていたのであれば、私はさほど違和感を感じなかったであろう・・・プロレスラーは、プロレス的に説得力のある技を受けても怪我をしないように体を作っているからである。また逆に、川田がプロレス的でない技でRGに勝ったとしても(例えば、チャゲ&アスカのモノマネ対決とか)、それはそれで違和感を感じなかったかもしれない。とすれば、私が感じた違和感は、「プロレス」というシステムに、本来的には参入し得ないアクターが混入したことによる違和感だった、ということになる・・・言うまでもなく、「プロレス」というシステムは「勝ち/負け」という二分法のコードではなく、「説得力のある技/ない技」というコードにより駆動されるものだからである(勝敗はこのシステムを駆動するコードではない)。
とすれば、果たして『ハッスル』が取っている戦略はプロレスにとって有効なのであろうか?これは、プロレスに限らず、コアな趣味について、広く<世間>と対峙する際にどのような戦略を取るか、という問いに繋がるであろう・・・というのは、おそらく『ハッスル』は、どんどん敷居が高くなってしまっているプロレスになんとか<世間>のへの回路を開くための努力だと考えられるからである。確かに、芸能人や著名人をリングに上げることは、この回路を開く効果があると思われるが、そこで上記したプロレスのコードを撹乱してしまうと、結局はそれはプロレスではなくなってしまい、本末転倒となってしまいかねないためである。
ここで参照対象となるのは、例えば『MCアクシズ』や『鉄道むすめ』などの試みであろう。私はミリタリーや鉄道にはさほど詳しくないが、もしこの試みがこれらの趣味を駆動するコード(それがどんなものかは私には想像することしか出来ない・・・これとかこれとか)を撹乱するのであれば、それはかえって有害なものとなりかねない。私のようなハンパな人間には面白い現象なのだが(笑
#藤田さまの意見では、ミリタリーと鉄道の二ジャンルはかならず一定数のファンが生産され続けるので(現在の教育システムがジェンダー論的にまずい、とかいう理由で根本から見直されたら判らんと思うけど(笑))、先細りする一方のプロレスほどこういった試みを企てる必然性は薄いようにも思われるが・・・。



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