ひょっとして今はない店舗なのかも

先の木曜日、<瓦斯燈の偉い人>蘭丸さまから、赤坂アンミラツアーのお誘いをいただいていたのですが、仕事が終わらずに行くことができませんでした(泣
・・・で、ストレス発散のためにここはアンミラの絵、と思ったのですが、久々に参加した先の「メイドさん学科」のオフ会の二次会で『赤い光弾ジリオン』の話題が出てたなあ、と思い起こしたので、せっかくなのでアップルに着せることにしました(手元に1枚しか資料がないので難儀しましたが・・・まあ似ないのは仕様ということでw)。
ここから激しくうろ覚えなのですが、ジリオンのドラマCD『お洒落倶楽部』で三択のクイズがあり、選択肢の一つが確か「赤坂アンナミラーズ」だったように思い込んでいました。ところが、別の選択肢である「リキマンション」が実は赤坂にあるので、これは勘違いのようです(ちなみに正解は「リックスが待ち構えている(だったか?)鍾乳洞」です)。いったいどこの店舗だったんだろう?
#実は、このCDが私が「アンナミラーズ」という店を知るきっかけとなったのです(笑
日曜日に後輩の結婚式があり(おめでとうございます)、その場で大学時代の先輩・後輩と邂逅する機会に恵まれた。当然のように昔話に花を咲かせることとなったのだが、こういった昔語りは実に楽しいもので、上記した「メイドさん学科」のオフ会もそうであったように、10年やそこらのタイムラグは一瞬で消し飛んでしまう。
この行動様式は「ノスタルジー」と表現して差し支えないものと思われるが、今の「オタク」業界において、この「ノスタルジー」を動員する形で、現在進行形で作品が生産されるのであれば、確かにこれは、前回も言及したような「閉塞」、すなわち、縮小再生産に繋がる危険性を帯びる。しかし、これも前回指摘したように、「ノスタルジー」に駆動されることを見越した作品が必ずノスタルジックに消費されなければならないわけではないので(今の若者が『地球へ』を新鮮なものと捉えてもそれはそれで一つの愉しみ方である)、この点は実はさほどフェイタルな問題では無いように思われる。
むしろ、仮に「オタキング」岡田斗司夫が指摘するように、本当に「今の20代の人は価値の相対化がヘタ」なのだとすれば(唐沢俊一・岡田斗司夫『オタク論!』)、上記のような「ノスタルジー」に駆動される作品は、世代間の対話が困難だとされる「オタク」のあり方において、対話のチャンネルを開く格好の素材となるのではないだろうか。特定の時代体験を特権化するのではなく(「エヴァをリアルタイムで見ていた」が「TYPE-MOONの同人時代を知っている」に転化するのは確かに容易いだろう(前島賢「僕をオタクにしてくれなかった岡田斗司夫へ」『ユリイカ』17巻9号))、時代体験が重層的に蓄積された作品を前にした際の解釈のズレ、すなわち、「ノスタルジー」に駆動される消費とされない消費のズレを対話によって確認しあうことで、それぞれの「世代」がどんな知見や解釈作法を前提としているか、ということが共有されていくのではないだろうか・・・とはいえ、例えば実際に若者と『まなびストレート!』論を交わす機会を見つけること自体が難しいのだろうが(笑


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