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January 2007

テスが「テリーザ」の略称とわかるのは下巻257頁目です(せっかくだから有効活用・2)

Tess
当然ながら手元にまったく資料がないため、しょうがないので自分が昔描いたイラストを元に記憶を喚起しながら描いています(ですので元ネタからどんどんズレてしまっている可能性もあります(笑))。アリスソフトの『D.P.S. sg Set2』から、「ANTIQUE HOUSE」のヒロインのテスに「りんごの皮をむく」のポーズをとらせてみました・・・私が冥府魔道に踏み込んでから、もう15年になるのですね(笑
#しかし改めて思い返してみると、テスの衣装にもヘッドドレスはないですね。

わが国における「メイド」のイメージは、カントリーハウスやマナーハウスにおけるメイド、すなわち、職域ごとに役割を分担し、指揮系統が区分されているタイプのものと、ロンドンなどの大都市におけるメイド、とりわけ、雑役女中のような過酷な労働を強いられるタイプのものに両極化しているようである。この両者は、前者はアプリオリな「身分」という差異、後者はアポステリオリな「貧富」という差異(もっとも、これも世代が交代することで固定化されるが)によって、雇い主との距離が遠く設定されている。そのため、多くのフィクションが描いているにも関わらず、メイドと主人のロマンスは成立しにくい、というのが通説的な見解である。
ところで、上記した「ANTIQUE HOUSE」は、有名なトマス・ハーディの『テス』からヒロインの名前を借りているが、ハーディの『テス』がイングランド南部をモデルにした架空の地方農場を舞台としていることは、あるいは「ANTIQUE HOUSE」にも幾許かの影響を与えているようにも思われる(ちなみにゲームの舞台は19世紀フランスという設定となっている)。作中「小間使い」と呼ばれるヒロインのテスは、主人公ルドルフの乳母の娘という設定の下で、幼なじみという役割をも与えられている・・・この設定を、「身分」というアプリオリな差異を前提とするロマンスを彩る、史実とは異なる脚色と把握するのは容易いが、ここでいう「史実」が果たしてどれほどのリアリティがあるのか、という点は、別途検討に値するであろう。
ランカシャー地方、マンチェスターに程近いロッチデールという地方都市の人口統計を精査したEdward Higgsは、この都市を分析対象に選んだ理由を「ロンドン及びカントリーハウスの検討により得られる通例のサービス産業のイメージの有益なカウンターバランス」であることに見出している(Domestic Servants and Households in Rochdale, 1851-1871, Garland Pub., New York & London, 1986, p.9)。その検討の結果得られた結論は、「domestic servantsが召使と雇い主の間の金銭関係の条件によって定義されているにも関わらず、『召使』もしくは血縁の者による家での労働はきわめて広い含意を持つ」というものであり、「実際には、給与を支払われている雇用者や雇われの使用人と、落ちぶれた家族の古い友人の女性や、地方からやってきてポケットマネーで家事の手助けをする遠い親戚とを隔てる社会的地位の多様な陰影を推し量ることは難しい」というものであった(p.49)。
ここには、カントリーハウスやロンドンのような大都市においてカリカチュアライズされたものとは違う、別のメイドの姿があるようにも思われる。「メイド」としてカウントされていた女性が、実際には子守を任されているその家の子供や親戚だったり、あるいは未亡人として家を切り盛りするhousekeeperだったりするこれらの場では、雇い主とメイドの距離は、相対的に流動的であったようにも思われる・・・ある種典型的な「身分違いのロマンス」を展開する「ANTIQUE HOUSE」が、19世紀フランスの片田舎という舞台(主人公のルドルフはパリに遊学していて戻ってきた旨の描写があり、舞台装置には狩猟小屋や廃坑などが用いられる)を選んでいることの背後に、周到な計算があったのだとしたらなかなかに面白いのだが。
#単に、「修道院に行く」という設定がアングリカンチャーチだと有難味に欠ける、という配慮だったのかもしれないが(笑

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戦国時代有能な武将は先端部分だけで数千の兵を統率できたという(せっかくだから有効活用・1)

Naokosan
※以下、アクサンは省略しています。
「ファッション・アクセサリ」というカテゴリは決してウソではないのですが、おそらく一般的な用法とは異なるのでしょうね(笑
『決定版!! メイドポーズ集』なるものを正月に勢いで購入してしまったので、せっかくなのでいくつかポーズを抜き出してネタにし、併せて、メイドさんの周辺事情について思いついたことなどを書き連ねてみます・・・というわけでまずは「モップでいろいろなポーズ」から(既にモップでもなんでもないですが(笑))。素材は『百合星人ナオコサン』のナオコサン・・・このマンガ、昨年に刊行されたものの中で私的にはダントツにツボでした(笑
#「メガネは顔に似合わずメンヘルだなあ」とか「好きな人が出てきました」とか「次元滅殺青梅特快!」とか(笑
##イラストに付記した「メイドさんのアレ」の横には、何故かブレザーに「ウォーカーマシン」ってキャプションがついてるし(笑
###あ、よく考えたらナオコサンは「メイドさんのアレ」を着けてないんだった(笑

「メイドさんのアレ」というだけでそれなりに通用するほどに、ヘッドドレスは現代日本のメイドイメージにおいて欠かせないもののようである。その呼称については諸説あるようだが、少なくともネット上では「正式にはホワイトブリムと言うらしい」という言説が多く見られる。
先学の業績が既に指摘していることであろうから屋上屋を架すこともないかと思うが、おそらく通説的であろう見解を示しておくと、1860年頃には女性が室内帽を被ることは廃れ始めており、「メイドやウェイトレスが被る糊をきかせた帽子(starched cap)はこの時代を特徴付けるものだが、これは、19世紀の従僕が18世紀の衣装を着るような懐古趣味である」という(Phillis Cunnington &Catherine Lucas, Occupational costume in England from the eleventh century to 1914, Adam & Charles Black, London, 1976, p.214)。しかし、メイドが帽子を着用することは、単なるアナクロニズムを超えた意味を持っていたことは、帽子を被らなかったことで解雇されたメイドが裁判を起こしていることなどからも容易に理解される。
#ちなみに先に言及した文献によると、同時代のフランスでは、料理人は必ず帽子を被らなければならなかったが、客間女中(femme de chambre)は室内では帽子を被らずにいることが大目に見られていたという記述がある(p.46)。このことはメイドのヒエラルキーの問題として記述されており、なかなかに興味深い。
この手の話のネタ本として良く使わせてもらっている、Elizabeth Ewing, Women in uniform : through the centuries(London: Batsford, 1975 :母校の図書館のOPACで検索したら今見たら貸し出し中になってる・・・誰だこんな本借りてるの(笑))では、「1890年代までには、〔室内で〕帽子を被るのは年嵩の女性とメイドだけになっていた。しかし、今世紀〔20世紀〕の初頭には、多くの高貴な威厳ある貴婦人が、その頭にレースとリボンの凝った装飾を着けていたにもかかわらず、それと張り合うのは彼女のスマートな客間女中だけであった」との記述がある(p.21)。これも周知のように、客間女中は、男性召使いの代わりに目に付くところで働く存在が必要になったために出現した、比較的発生の遅いメイドであるが、この客間女中の特に午後の装いが、今我々がステレオタイプなメイドについて抱くイメージの源泉となっている。前にも若干触れたことがあるが、20世紀初頭にティーショップの制服として採用され、「Nippy」と呼ばれて「国民的象徴(national figure)」になるまでに広まったこの装いは、第二次世界大戦勃発後には女性の銃後労働への従事により廃れ、これと平行して出現したセルフサービス型店舗に押されて「かつて偏在していた客間女中(the once ubiquitous parlourmaid)」として、歴史の一コマになったのだという(pp.56ff)。
#ユビキタスなパーラーメイドですよ(笑
さて、当時の図像などを見ると、徐々にコンパクトになっていったとはいえ、客間女中も室内帽を着用しており、その装いを制服として継承したNippyもまた、きっちりとしたキャップを被った姿で新聞に登場しているが、John Peacock, Le Costume Occidental, de l'antique a la fin du XXe siecle, chene, 1990の中に一点、興味深いスタイルの図像を見つけたのでご紹介したい(p.183)。
Americanmaid1923
#スキャンしてもよかったのですが、それだと面白みがない上に、元絵がなんというか、独特なタッチなのですよ(笑)・・・関心のある方は原典を参照ください。
我々が「メイドさんのアレ」と呼ぶものにかなり近い形状のヘッドドレスを着けているこの女性は「1923年、アメリカのウェイトレス(serveuse:4年ほど前のコミティアで10部くらい頒布したコピー誌で検証したのだが(笑)、一般にフランス語で「メイド」にあたるのはdomestiqueである)」、着けているのは「プリーツを寄せた小さなボネ(petit bonne plisse)」とされている。この図像は、我々が「メイド」として認識しているイメージが、実際には商業の場でウェイトレスの制服として採用され、おそらくは(一時期とはいえ)ナショナル・シンボルとして動員されたイメージをその源泉としており、歴史上存在した「クラシックメイド」とは順接的には結びつかない、ということを象徴してはいないだろうか・・・例えば横川善正『ティールームの誕生』(平凡社、1998)のように、公共空間への女性の進出のあり方としてのウェイトレスの史的検証の中にこそ、あるいは近時の「メイド」イメージの系譜を発見しやすいのかもしれない。
#この本は問題意識がモダンアートに傾斜しているので、あまり直接の参考にはならないが(笑

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キャスティングの時点でオチを予測できます

Croix
私は自宅にいるときは(あまりいないけど)テレビを点けっぱなしにしていることが多いのですが、各週の行動パターンが大体決まっているので、期せずして大体いつも同じ番組を見てしまいます。金曜午後10時からの「美の壺」(NHK教育)もその一つな訳ですが、この番組、ナビゲーターが谷啓なのです(だから見てる、というところもありますね)・・・賢明な読者諸兄にも予測がついたかと思います(笑
イラストは、正月に浮かれてつい購入してしまった『MicroSister UNI』のクロア。「活発系女の子」とキャプションがついてますが、そのわりに安産型の体型なのが味があるところでしょうか(イラストでは画力の関係で再現できませんでしたが(泣))・・・ちなみに附属の<ミクロシスター>はとてもよく出来ています。さすがだ。

読み通すのに非常に時間がかかる竹本泉の『いろいろぶっく』の中に「マニアはツボをいろいろ持っています」という一文がある。ちなみに竹本泉自身のツボについては「メガネとかおさげとかそばかすとか」という地の文の記載に加えて、20年近く前のノートを発掘して、「こんな大昔からネコ耳がツボ」であったと述懐する件がある。
この件を読みながら、多分に自己言及的な自分自身の振る舞いの中に、このような形での明示的な「ツボ」が発見できるだろうか、とふと考えてみた。例えば、『MicroSister UNI』にはヴァージョンが二つあり、手元にあるクロアと一緒に並べられていたのは「おしとやか系女の子」のアウラだったのだが、そこでクロアの方を意識的にか無意識的にか手に取ったのであるから、そこには何か「ツボ」があったのだろうか・・・などと考えながら過去の落描きデータを見ていたら、こんなものが目に入った。元ネタからするに数年前のものである。
Kondou2
・・・おぼろげな記憶なのだが、かつて『ガルフォース』の設定資料(本編ではなく、続編だったように思う)を見ていた際に、腕のラインとグローブ部分の段差のところに園田健一が「ここが重要!」と書き込んでいたのに妙に感心したのを覚えている。例えばこういうものを指して「ツボ」と呼ぶのだろうか?大方のご叱正を賜りたい次第である(笑
#少し前に『グローブ・オン・ファイト』とかもありましたねそういえば(笑


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イノシシノゲンコハヤクオクレ

Inosishi
いや別に誰かに督促されているわけではないのですが、あまり遅くなると賀状の意味を失してしまうので取り急ぎ。ちなみにネタは南方熊楠『十二支考』の「猪に関する民俗と伝説」(確か東洋文庫版が手元にあったように思ったのですが見当たらないので、良い機会なので岩波文庫版を購入しました)・・・ともあれ、明けましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしくお願いします。
#物理的に賀状をお送りしている方には重複してしまいますが御容赦を・・・毎年、干支になんとかひっかけて図柄を考えているのですが、イノシシにはあまり連想がはたらきませんでした。むう。

私の場合、郷里にあたる本籍地に墓所があるのだが、「墓参り」には春か秋に赴くのが通例なので、お盆と正月については実はさほど思い入れがあるわけではない(いつも見ているWBSとsakusakuが共に特番に押されて放映されなくなったことで、年の瀬の押し迫ったことを実感したくらいである(笑))。とはいえ、暦通りの休みを利用して、普段なかなか会うことの出来ない知人と会う機会を持つことが出来るのはやはり良いものである。
昨年末には、渋谷で忘年会を挟んでカラオケに興じて(どうでも良いが、しばらく行かないうちにまんがの森と大盛堂書店がなくなってしまい、まったく土地勘が働かなくなって難渋することこの上なかった)「超爆ロボグロイザーX」や「我らの万能潜水艦ノーチラス号(初代)」などを熱唱し、年明けには、神田明神に初詣に出かけた後秋葉原を巡って、『Micro Sister UNI(クロアver.)』、禍々しいステッカー付の『ひぐらしのなく頃に礼』、うっかり手にとってしまった『Mine bluE』などを買い込んだ上でヨドバシの居酒屋で新年会、帰りがけには新宿のとらのあなをもひやかして『決定版!! メイドポーズ集』などを勢いに任せて購入する、という、大変祝祭的な年末年始であった。
ちなみに、これも恒例として、私はここ数年、正月の運試しとして秋葉原で食玩(またはガシャポン)を購入しているのだが(昨年はPSEだったと記憶している)、今年は『おとぎ銃士赤ずきん』のフィギュアコレクションを選んだところ、いばら姫を引き当てたので、きっと今年は良い年になるであろう・・・声沢城みゆきだし(笑
#グレーテルは第一弾にはラインナップされていないので(笑

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