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November 2006

色指定違ってたらすみません

Tamamo
※おことわり※
このブログには、西尾維新<戯言シリーズ>及び麻耶雄嵩 『夏と冬の奏鳴曲』のネタバレが若干含まれています。未読の方は読んでからどうぞ。

いやあ、さすがにスクールカレンダーまでは買わなかったので、ストッキングの色がわかりませんでした…だったらカラーで描かれているキャラを選べば良いようなものですが、<策師>萩原子荻を描いてしまうとなんだか負けという気がしたので(笑)、ここは敢えて「全身突っ込み待ち少女」西条玉藻をチョイス(私が描くと全然<狂戦士>っぽくないのですが)。しかし『零崎軋識の人間ノック』、まあなんというか・・・作者自身も「打ち上げお祭り二次会」って言ってるから、これで良いのかもしれませんが。
#『西尾維新クロニクル』や『ザレゴトディクショナル』を見ると、<戯言シリーズ>は崩子ちゃんのせいで総崩れになる可能性もあったのですな。空恐ろしい話です(自分もかつてネタにしたのでヒトのことは言えませんが)。

先のコミティアで、以前hirさまが日記にて言及していた、<オタキング>岡田斗司夫の講演『オタク・イズ・デッド』が売っていたので、購入して目を通してみた(関係ないが、店番の方がこちらが恐縮するくらい丁寧だった)。内容は(一部ネットで知ってはいたが)題名から想起されるような過激なものではなく、時代の先行者からの次世代への噛み砕いた形での問題提起、といったもので、私はさほど違和感は感じなかった。ただ、岡田がかつての「オタク」に備わっていたスキルとして提示する「自分の好きなことは自分で決める能力」「自分の中に折り合いをつける能力」と、岡田が正確に指摘する「萌え」の「メタ的な視点」は、さほど矛盾しないようにも思われる・・・岡田の「オタク評論」の限界についての言及に私が感じる違和感も、おそらくこのあたりから来るのだろう。多くの「オタク評論」が、モダニティについての議論(特に端的にはギデンズの「再帰的近代」)を踏まえていることからすると、その焦点が「萌え」に向けられることはいわば必然であるように私には見える。
ここで興味深いのは、2002年刊行の『クビシメロマンチスト』について、作者の西尾維新が、葵井巫女子は「萌えキャラであること」がストーリー上の要請(ミスディレクション)という「小賢しい計算」があった旨『ザレゴトディレクショナル』で述べている点である。この手法についてはおそらく、麻耶雄嵩の 『夏と冬の奏鳴曲』が先行するものだと思うが(舞奈桐璃の造形はミスディレクションではないけれど「アンチ」ミステリにするための必然の仕掛けである)、このとき(講談社ノベルス版、1993年)はまだ「萌え」という概念は出来上がっていなかったのだろう。
しかし一方で西尾は<戯言シリーズ>において(「とりあえずライトノベルと呼ばれる作品」に共通の体験として)、作品を創る際にイラストが頭の中にあるかどうかの違いという点から、『クビツリハイスクール』以降はテンションが違う、とも述べている。仮に、グラフィカルな記号こそが線形的な思考を超える記号として端的なものであるとするならば、竹の手によるイラスト以前に造形された「萌えキャラ」である葵井巫女子の位置は、いわば宙吊り状態に置かれてしまう・・・自己言及的な性質を持つことについては恐らく争いがないであろう「萌え」の概念を考える際に、西尾の中にあるこのブレは、興味深い素材となるのかもしれない。

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郵便局を開設しよう

Foucault1
コミティア店番恒例の落描きです。実は、コミティア開催の2週間くらい前に一つ仕事の締め切りがあったので、それが終わったら何かマンガでも描こうかな、と思い、ネタ先行で、当時読んでいたフーコーの権力論を擬人化(「可視化される権力」といったところでしょうか)できないか、と考えていました。左のdicipline(規律・訓練)が妹、監視と処罰が趣味のツンデレ娘、右のbio-pouvoir(生-権力)が姉、一見包容力のある天然さんだけど素で凶悪、とか、姉妹のキャラ設定までは考えたのですが、ストーリーが思い浮かびませんでした(当然か(笑))・・・私にはどうも、クリエイティヴな素養が根本的に欠けているようです。むう。

このような形で、ネタとしてのイラストを掲げ、口語体でコメントを附した後に一応の「批評」を書く、というのがこのブログのスタイルなのだが、上記コミティアの際、かえんじゅさまから大略、そもそもこのブログが「何か意味のある批評をしていたという記憶がない」という手厳しいご意見をいただいた。確かに。ブログ全体を通した一貫する「批評精神」があるわけではなく、あるのは「批評」という形式、あえていうなら「ネタ」を「ネタ」として掲げるアイロニカルなスタンスのみが一貫しているに過ぎないので、内容がない、と言われれば返す言葉もないのである。
私の「批評」のスタンスは、様々な「ネタ」を並列に並べることで対象の意味を相対化する、というのがベースであり、そのため文章中にさまざまな小ネタを仕込んでいる。このネタの仕込み方は、ちょうどタグブラウザのような閲覧形式を想定していて、何かひっかかるキーワードがあったら読者はとりあえずぐぐってみる、という行動を取るだろう、という想定の元に、かなり意図的に不親切にしてある(元々性格が捻じ曲がっているというのもあるが)・・・ところが、これもかえんじゅさまの適切な指摘なのだが、私の駄文についてそもそもそれだけの労を執る読者はほとんどいないであろう。
さすがに、何の意味もない文章を書き連ねるのは徒労感があるので、さしあたっての措置として、別のブログを立ち上げ、各エントリについて自分で注釈(というかツッコミ)を加え、トラックバックしてみることにした。これで、「誤配」の前提としての「郵便的」なシステムが機能し始めれば良いのだが。

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あの頃はケンブリッジ学派に関心が行っていなかったのでしょう

Madchenfuralles
※文字化けしそうなので、以下アクサンとウムラウトは省略します。
私の絵はどうも今ひとつ「引き」が弱いというか華がないので、ネタなのだと割り切っております・・・このイラストも写真を見ながら描いたのですが(といっても、スカート部分は図書館のタグで隠れてしまって良く判らないので適当ですし、何より被写体の女性はガタイの良いおばちゃんです(笑))、いかにも辞典的なカットになってしまったので、塗りも陰影をつけずにそれっぽくしてみました。

最近になってようやく、ちょっとしたきっかけで(歴史人口学について少し調べる必要があったので)ラスレットの『われら失いし世界』をやや詳しめに読む機会があった。周知のようにラスレットは、近世イギリスに対する歴史人口学的アプローチの一つとして「lifecycle servants」という概念を提示しているのだが、この点について、以前とある同人誌にメイドさんについての文章を寄稿した際に、あまり咀嚼せずに紹介してしまったような記憶がふと思い起こされた・・・ところが、いざ確認してみようとすると、もっぱら知人に頒布してしまったためか手元に現物がなく(引越しの際処分してしまったのかもしれない)、果たして自分がどんな文章を書いたのか定かではない。もっとも、確認したからといって訂正のしようもないのだが。
#自らの浅学につき恥じ入るだけであろうから、これで良かったのかもしれないが(笑
なぜこんなことを唐突に思い起こしたのかというと、語学の訓練の問題と関係している。実は、年度末くらいまでにドイツ語の史料を90ページほど翻訳しなければならなくなってしまったのだが、この仕事は、大学の頃から起算すると私にとって第4外国語になるドイツ語への苦手意識から、なんだかんだと理由をつけながら先延ばしにしてしまっていたものである。
#学部では、当時ラテンアメリカ文学にはまっていたのでスペイン語選択であった。もっとも、当時出身校には鼓直先生が出講されていて、その講義が受けられたので大変感銘を受けたのだが・・・鼓先生も、第1回目の講義のあとにいきなり「コルタサルの作品でまず読むべきものを教えてください」とか質問してくる学生にさぞや困惑されたであろう(笑
##ちなみに「『石蹴り遊び』ですかね」と誠実にお答えくださいました。
そもそも私は語学が不得手で、なかなか読解のスキルが身につかないのだが、ちょうど上掲の同人活動に携わっていた大学院の頃、フランス語のえげつない試験を受ける必要に迫られ(スペイン語の試験はなかったのである)、いろいろ考えた上で「興味があるものだったら読むに違いない」とありきたりな結論に達した末、図書館で借り出してテキスト代りにしたのが、Pierre Guiral, Guy Thuiller, La vie quotidienne des domestiques en France au XIXe siecleと題する書物であった(笑
幸いなことに試験には(何回か落ちたあと)なんとか合格したので、この手法はそれなりに有効だったのであろう・・・というわけで、今回も同じことを試みることにし、今度はDorothee Wierling, Madchen fur allesと題する書物を借り出してきた次第。で、この行動様式を取るうちにラスレットと上記の記憶が結びついたのだから、このプラティーク(笑)の効果は相当なものである。
#英語で言えばmaid for all worksだが、上掲の写真の女性は結構凝ったエプロンを着けている印象である。
同書の序章をわからないながらもちょっと見てみると、イギリスやフランスのメイドさんとは若干異なるあり方が19世紀末のドイツにはあったらしいことが伺え(多分(笑))、なかなか興味深そうな内容である・・・もっとも、私がメイドさんについて付け加えるべき情報は、世紀をまたいだ斯界にはもはやないであろうが(笑

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