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May 2006

しかしそんなに人手不足で大丈夫なのか

Konomi
・・・私の記憶の中では、制服がスカートの隊員って初めてなんじゃないかと思うのだけど。というわけで、『ウルトラマンメビウス』の眼鏡っ娘(『ウルトラセブン』のパロディが出てきたときには何か伏線なのかと思った(笑))、アマガイコノミ隊員(例によって全然似ませんが御容赦)。『メビウス』は今のところ、大人も子供も楽しめる良いバランスになっているように思います。『ティガ』から『ネクサス』までが「正史」から外れてしまったのはちょっと残念な気もしますが。

アトリビュートとしての眼鏡とは何か、という問題系については、かつて何回かに分けて論じたことがあるが、私の問題関心はどうやら、キャラクタがいかにカテゴライズされるか、という分類学的な関心のようである。『メビウス』における科学特捜隊である「CREW GUYS」には、「元女性ライダー」のカザママリナ隊員と、「幼稚園の先生を夢見る」アマガイコノミ隊員の二人の女性隊員が配されているが、さしずめカザマ隊員はフェミニズム的女性、アマガイ隊員はジェンダー的女性ということになるだろうか・・・このような分類を前提とすると、アマガイ隊員の「眼鏡」はジェンダー的女性性(男性から見た「女性らしさ」)を加速させる付加価値だということになる。すなわち、ここでの「眼鏡」は順接的な意味での矯正装置であり、装着する者には矯正されなければならないなんらかの欠落があることを暗示している。その欠落はおそらく、保護を要請するシステムとして物語を駆動することになるが(アマガイ隊員がマケット怪獣(カプセル怪獣ですな)になつかれる、というのも、保護-被保護という関係性の中に彼女が位置していることを示している)、もしそうであるとするならば、物語の比較的早い段階で、フェミニズム的女性であるカザマ隊員の帯びる女性性との衝突が生じることになるだろう。
・・・とここまで書いてきて思ったが、私はやはり「観察者」の視点からしか「眼鏡」を語れないようである。「眼鏡の正義」を語ることが出来ないという意味では久米田康治と同罪であろう(笑

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確か人型缶切りってネタがあった気がするのだけど

Eco
・・・さっぱり思い出せないので、ひょっとすると泡沫的な読みきりマンガとかだったかも。無意味な人型機械、というと私は山田章博の「レディ・ネットワーク」(『カフェ・ド・マキニカリス』所収)を思い起こすのですが。

「あの『みなみけ』の桜場コハル先生も大絶賛・・・なの?」という帯の惹句に引かれて、先般、亜桜まる『090えこといっしょ』を購入した(こういう消費行動の是非についてはさしあたり問わないで置く)。カリカチュアライズされた沖縄イメージとか、どうしてF104なのかとか、まあいろいろツッコミどころはあるのだが、一読してやや意外だったのは、「無意味に人型」である携帯電話「えこ」について、人型であることの意義や違和感を問う文脈がほとんど見られないところであった。
#会長が何故学ランなのかについても明瞭な説明がないのも、問題系としては同じベクトルであろうか。
「無意味に人型」な機械を取り上げる作品として想起される近時の作品としては、おそらくCLAMP『ちょびッツ』が適当だと思われるが、CLAMPの作品は意識的に、人に似せられて創られた無機物に対するピュグマリオニズムの視角を打ち出して作品を構成しており、メリメやホフマンなどの系譜の延長線上に定位される構造を維持していたように思う。ところが、『えこといっしょ』は、いみじくも作中で(というか読者から寄せられたコメントに主人公が回答する形で)「はっきりいって携帯できない」という「携帯電話」の存在意義の(字義通りの)ナンセンスさに徹頭徹尾駆動されているように見受けられる。
#勿論ピュグマリオニズム的要素は作中に散見されるのだが、「着メロが演歌しかない」とか「メールが手書き」とかとほぼ同じ「ガジェット」のレベルに位置しているのではないだろうか。
ピュグマリオニズムの物語はおそらく独立のカテゴリとして成立しうる程度に普遍的なアーキタイプ足りうるものだが、もはや『えこといっしょ』には、そういった<物語>の裏打ちは求められていないのであろう。あるいは、ガジェットとして要素だけをばら撒いておけば、<物語>は読者が自動的に構築してくれるのかもしれない・・・「グランド・セオリー」の崩壊が言われて久しいが、ピュグマリオニズムの物語に愛着を持つ一人としては、ある種の寂寥の念を禁じえないところである。


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それは対義語じゃないと誰もが言う

Comitia
GW(ガンダムウィングではありませぬ)の真っ只中だというのに有明でCOMITIAに行ってきました。で店番しながら下描き無しでsignoの0.28一発描きで描き散らした成果を。『夢使い』見てると(アニメの出来はともかくとして)つい植芝理一のマンガを読み返したくなり、そうするとついコマ割り絵を描きたくなるのです(笑
#あまりに細かいので、一応pdf版も貼り付けときます。「comitia.PDF」をダウンロード
以下、「問わず語り」をば。
・「対義語」:・・・辞書が手元にないとこういうのぱっと思いつかないのですよ。教養不足ですなあ。
・「ツインテール」「ユニテール」:『ツインテール量子力学』より。ツインテールオンリーイベントの告知チラシが入っていたのだが、ツインテールについての定義規定がなかったのが惜しまれます。かえんじゅさまからは、「次はトライテールでしょう」と言われましたが、それじゃ『ドラゴンスピリッツ』ですがな(あ、『菫画報』に同じネタあったなそういえば)。
・「絶対領域」:秋葉原駅ホームのGA2の看板はとてもイカしてます。コマ中の台詞は、hirさまのとこの店番してるとき、隣のサークルさんの人が「最近量子力学が流行で」と言っていたのが耳に入ったので。シュレーデインガーの晩年の発言は、なんだかユングみたいです(笑
・「羽根付き兜」:それはもうワルキューレですよ(・・・いや、シグルーンかもしらん(笑)。『ドルアーガオンライン』ははまり込みそうなので自粛。
・「春風高校校歌」:校歌といえばやはりコレ。二番の歌詞はコマに入らなかった。
・「白いワンピースと麦藁帽子」:直接はhirさまのとこの売り物の表紙。刷り込みとしては『ビューティフル・ドリーマー』でしょうきっと。そういや『赤い帽子』ってタイトルの歌が「みんなのうた」にあった気がするのだが。
・「3カウント」:この間の小橋-丸藤戦は良かったです。そういや『レッスルエンジェルス』のリメイク話はどうなったんだろう?
・「マーメイド」(当日帰宅後加筆):イベント帰りのお決まりのコースとして、新橋の喫茶店に入った際、トレイに敷かれていたチラシから。これを「マーメノイド」と誤読するのはかなりテクがいりますぜ(山田章博キャラデザのアニメのことだよね?)>hirさま
・「メガネ分」(当日帰宅後加筆):途中まで描いたところでいい加減頭が廻らなくなったので(朝早いので大抵昼過ぎに酸素欠乏症になるのです)かえんじゅさまにアドヴァイスを仰いだところ「眼鏡がありませんね」との力強いコメントが。「世界に冠たる眼鏡っ娘」とドイツ語で書こうと思ったけど『野蛮の園』が手元に無かったので(泣
・「モード」(当日帰宅後加筆):・・・おにいさまへ(赤鬼青鬼

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アハト・アハトは最高よ(特にナースホルンにとっては)

Yoshika2
特に意味は無いのですが、戦車学校教官の秋山好香一尉。背景にはチハたんこと九七式中戦車をもってきました(戦車描けないのでアリモノです・・・すみません。設定としては「チヌ」を描くべきところか)。ホントは「戦車少女」にしようかとも思ったのですが、如何せん手元に情報が無いので・・・。

先般、好評を博した前巻に引き続く形で、『萌えよ!戦車学校 2型』が発売された。私のように、人並み程度にしかミリタリーへの関心がない者にとっても有用な入門書となっているが、筆者曰く「『萌やしときゃオタが買うだろ』的なハンパな本とは気合がちげーんだよ気合がア!!」という姿勢も十分に伺うことの出来る好著である。
#それなら別に不自然に表紙や帯をキャッチーにしなくても良い気はするが(笑
しかし、ヒトはどうして、本来人殺しの道具である兵器に惹かれるのであろうか。フロイト的な解釈はある一定程度の回答を与えてはくれるが、おそらく本質論ではあるまい。私個人の感想としては、敢えて言うならば、兵器開発や運用においてしばしば生じる、手段と目的の転倒現象が興味の大半を占めているように思う。勿論、かように平衡感覚を失わせるほど、戦争は非日常的な空間を現出せしめているのだということも出来ようが・・・そういったわけで、私にとってはM4シャーマンとかは、バランスが良すぎて今ひとつつまらん戦車なのである(笑
#とはいえ、T34/76とかは好きなんだけど・・・これは、当時の国家とそこで生み出された兵器のバランスが悪かったからかも知れない(笑
##KV-1とかKV-2は好きですよ。文句なしに。JS-2もまあ・・・。
###あ、結局私はロシア戦車スキーなのか(笑

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