「それはカラシのつまったちくわです」

この『小夜侘介の事件帳 奈良ボマー』、すごく内容が気になりますね(笑・・・というわけで石黒正数『それでも町は廻っている』から、主人公の嵐山歩鳥。単なる「ミステリ好き」じゃなくて「恐怖の現代病 探偵脳」に罹ってるっぽい感じが良いです。周囲の人の容赦ないツッコミ振りもなかなか。
人に言ってもにわかには信じてもらえないのだが、実は私はメイド喫茶には行ったことが無い(どういうわけかコスプレ居酒屋には行ったことがあるが)。かつては、行く先々で少し変わった制服を見かけると、それこそ百貨店の売り場からどじょう屋まで、人目を気にしながらスケッチをとっていたものなのだが、いまや、少なくともアキバでは、メイドの格好をした売り子さんが闊歩しているのは日常の風景になりつつある。メイド喫茶のガイドブックも山のように発売されており、もはやその希少性は失われているようである。
#一応目立たないように、一時記憶に映像を焼き付けて、人気がなくなったところで記憶が薄れないうちに再生して一気に描き上げる、というスタイルだったように思う・・・今考えると、これはこれで非常にアヤしい(笑
ところで、「メイド喫茶」というコトバは、実はかなり矛盾を孕んだ用語法であるように私には感じられる。周知のことだが、メイド服は本来「職業服」であって、家庭内で働くメイドが主人にあたる女性と見分けがつくように、意図的に時代遅れのお仕着せを与えられていた、という性質のものであり、黒のロングスカートに白のエプロンと室内帽というスタイルは、ヴィクトリア朝後期の一時期にかろうじて一般化した、ホブズボーム流に言うならば「創られた伝統」に過ぎない(その後家電製品の普及による家事労働の縮減と大戦による女性労働力の必要性から、メイドという存在自体が減少していくのも勿論、周知のことであろう・・・もう少し補足すれば、この一般化にはおそらく、男性召使いの給与の高騰に伴うパーラーメイドの発生および定着が背景となっている)。
ところが興味深いことに、実際の「メイド」が着用する期間がきわめて短かったにも関わらず、このスタイルは、1909年に第1号店が開店された’Lyon’s Corner House’においてウェイトレスの制服として採用されたことによって、家庭から「商業」の場へと持ち込まれて命脈を保つことになる(Elizabeth Ewing, 'Women in Uniform : through the centuries', pp.54ff. もっとも、Nippiesと呼ばれた彼女らは、第二次大戦と共に姿を消したという)。その意味では、我々が概念する「メイド服」は、本来の記号性を相当程度カリカチュアライズした代物なのだと言うことも出来よう。「商業」の場において身につけられる「制服としてのメイド服」は、おそらく、家事労働を同じ空間において行いながらも雇用者との間には社会的な位相のズレを帯びる、という、「職業服としてのメイド服」が持っていた意味の地平からは遠く隔たったところに存在するものである。
#とはいえ、UFOキャッチャーで展開してるメイドカフェの制服フィギュアコレクションはちょっと集めてみたかったりするのですが(爆




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