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1885年には何があったんだか(光は東方より・8)

yamaxanadu
※このブログには『東方花映塚』のネタバレがちょっとだけ含まれています。だからなんだ、って程度ですが(笑)。
年表上では清仏戦争とか第三次英緬戦争とかなのですが、いわゆる<総力戦>時代の前なので死者の数も限られてるような。ちなみに元号表記に直すと1885年は明治18年で、上海アリスから1年ずれます。惜しい(笑)。
というわけで、例のごとくデザインが合ってるかどうか激しく不安な中、山田こと四季映姫・ヤマザナドゥを描いてみました。最初名前見たときはかなり違和感を覚えましたが、ネタ的には「ヤーマ」+「ザナドゥ」なのですね。さすがにあれだけ多彩でクセのあるキャラにそれぞれ説教するのは難しいのでしょう、チルノの時とかかなり投げやりだったような気も(笑)。
<東方>シリーズには、そのシリーズタイトル自体が示すように、文化人類学的な意味での単線的な進化論、というかキリスト教文化圏中心史観に対する一定の距離を示すテクストがしばしば見受けられる。『東方花映塚』のファイナルステージの曲「六十年目の東方裁判」に原作者の「強い思い」が込められている、というのも、『東方紫香花』で作者自身が解説しているように、おそらくは暦が一回りする聖数としての「六十」の方により深い意味があるのだろう。しかし、幻想郷に咲く花が人間界における死者の魂であるのだとすれば、そこには周期的に殺しあって死者の山を築き上げる、という営為を繰り返す、という人間の愚かしい所業に対する一種の諧謔めいたスタンスを読み取ることも不可能では無いかもしれない。
東京裁判(極東国際軍事法廷)のキーナン主席検事の言葉の中に「これは文明の裁きである」という一節があるが、ここでいう「文明」が局所的な「文化」と対比される普遍的な価値を込めた言葉であるならば、そこに見られるのは基本的には単線的な進化論的思考であろう。しかし、進化論が逆転することの無い時間によって担保されているとするならば、これはすなわち「歴史」の裁きなのだ、という言明であるとも理解できる。いわゆる<言語論的転回>以降、歴史には「真実」と呼べるようなものはなく、ただ「事実」のフラグメントだけが解釈対象として存在するに過ぎない、という理解が通説となっており、また、裁判(広く言えば司法)は、「適正手続」という思想を導入することによって真相究明への執着への安全弁を備えている。「六十年目の東方裁判」に「戦後六十年」を読み込むことはおそらく牽強付会、というかむしろ興醒めなのかもしれないが、六十年、という歴史は果たしてこの国の何かを「裁く」ことに繋がるのだろうか?

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