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July 2005

これからはわんこちゃんとお呼びください

houko
※おことわり※
この記事には、西尾維新『ネコソギラジカル 上・中』のネタバレが多少含まれています(メインストーリーにはまったく関係ありませんが(笑))。未読の方は読んでからどうぞ。
いよいよ最終章に突入した<戯言シリーズ>、何が驚いたって、前作『ヒトクイマジカル』の段階で、次は確実に殺されるに違いないキャラ筆頭だった闇口崩子が生き残っているというこの事実(ちなみに、次点は看護婦のらぶみさんだったんだけど、このヒトは「登場人物紹介」にも上がってこないからそもそも数に入っていないのかも)。それでも、中巻であのヒトがあっさり殺されたのは多少驚きました・・・もう少し、なんというか、登場させたキャラクターを文字通り生かすやり方もあっただろうに、とは思うのだけど、姫ちゃん(紫木一姫)の殺され方の、いわば演出としての意味合いからすれば、その延長線上にある手法として止むを得ないのかなとも思います。
#しかし、生き残ったはいいけど、崩子ちゃんはどんどんヘンなキャラになってしまってますが(笑)。絶対狙ってやってるだけに、つい笑ってしまう自分がちと悔しい。
先日、実家に帰って床屋に行った際、待ち時間に地方紙をぱらぱら見ていたら、どういうわけか『ネコソギラジカル中 赤き制裁vs橙なる種』の書評が掲載されていた。基本的には「良く判らないけど売れているらしい」という紹介のスタンスで、「価値観が多様化した現在だからこそ、こういったとらえどころのない物語が支持されているのではないか」という、判ったような判らないような説明が付されていた。『ユリイカ』の特集ともなる位だから、ある程度その内容について語る前提が確立されているのだろう、と勝手に思っていた西尾維新の作品に、こういった素朴な突き放しのスタンスが示されていたことに、なんだか新鮮な驚きの念を抱いたのだが、これは、「都市」と「地方」の差異が、大正期以降のインフラの整備の進展にも関わらず、思ったほどは埋まっていない、ということの反映なのかもしれない。地方に転勤になった友人が、テレビ東京系列の番組が放映されない地域を「外国」と呼称することにも、それなりの理由はあるのだな、と妙に納得してしまったのである(笑)。
#ちなみに私の実家ではテレビ東京は映りません・・・ケーブルテレビを引いていたので私には関係ありませんでしたが(笑)。

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Comic Batonとやらを受けてみた

rinn
hirさまからWeb日記上で「Comic Baton」なるものにつき挑戦されてしまったのでとりあえずネタが冷めないうちにレスしときます・・・ブログの性質上、言及するコミックにつきなんらかの絵を描いておかなくてはならんので(笑)、「思い入れのあるマンガ」から『りんちゃんクッキーのひみつ』をチョイスしました。『りんりんDIY』も好きだけどね・・・『ピピンとピント』はどうやら賛否両論あるようなのですが、私はあれはあれで好きです(笑)。
#ついでに、ちょっとブログのデザインをいじったので、コンセプトを明らかにする意味から自画像代わりにブログタイトルのネタ元の一つであるツァールとロイガーを描いておきます・・・最初描写通り触手をぐねぐねつけてたんだけど、方向性が変わってきそうだったので(笑)。
さて、「Comic Baton」。箇条書きでGo(今回独白なので以下も口語体です)。ここまでのブログのネタと相当カブってますが御容赦を(つーかこれそういうブログだし(笑))。
1.実家に大量のストックがあるので全体量は検討もつきませんが、今の住まいでは画集やらアヤしげな書籍やらもろもろ込みでちょうど本棚一つ分で収まってます。
#つか、「Comic Baton」を受けるような人でこれを正確に把握してる人って少数派では(笑)。
2.ふじもとせい『市立鋳銭司学園高校放送部』と、西川魯介『野蛮の園』ですかね。基本的にコマコマとマイナーなネタを展開するマンガが好きです。
3.小林尽『School Rumble』9巻と、畑健二郎『ハヤテのごとく!』2巻。先月の少年誌コミックス発売日以降マンガ買いに行ってません・・・。
4.(1)諸星大二郎『暗黒神話』。中学時代に読んで、「こんなマンガがあるのか!」と大変な衝撃を受けました。そのおかげでエリアーデ読んだりしたのも今となっては懐かしい(笑)。(2)まあやっぱりゆうきまさみ『究極超人あ~る』。高校時代天文部だったのですが、高校文化部の当時の理想形としてかなり認知されていたのでは。(3)猫十字社『小さなお茶会』。背景やオーナメントの描き込みが、ああいう破綻を含みこんだ世界を支えているのでしょう。「数学の塔」のエピソードとか、良いですよね。(4)竹本泉から、うーむ・・・『てきぱきワーキン・ラブ』かな。読み返す頻度が高いということで。主人公3人の中ではヒカルが気に入ってます(←あ、言うまでも無い?(笑))。(5)大石まさる『りんちゃんクッキーのひみつ』。大石まさるは良い作家です(『流れ星はるか+』はまあ・・・でも、例えば煎餅屋の話の細かな設定とかわりと好きだったり(笑))。
5.ネット上の友人少ないのですよね・・・ヒマがあったら、ということで、ここはやはり火焔樹さまと鮫島さまにネタを振っておきます。いつもすみませんです(笑)。

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化け猫は別に「動物化」してるわけじゃないな(表徴の<帝国>・3)

maya
本編ではないのだが、装丁が変わった最新刊の11巻の帯で紹介されている『LAWMANs』のアオリ「神武東征以来ページあたり最も弾薬消費量の多い作家」には笑った(笑)。『ジオブリーダーズ』はともかく話が難解で複雑に入り組んでいる上に、第1巻の連載時から飛躍的にデジタル技術が進歩してしまって、神楽やハウンドの装備がとんでもないことになっています・・・最初のころなんかお札は有線ケーブル、非常時の通信手段はポケベルでしたが、もはや隔世の感があります。
#ちなみにまやの得意料理はカルボナーラです・・・確かに35回連続はキツそうだ(笑)。
「日本のポストモダニストが好んで参照した」と東浩紀が紹介するアレクサンドル・コジェーヴの「動物化するアメリカ文化/スノッブ化する日本文化」という構図だが、実際に『ヘーゲル読解入門』にあたっている人はどれくらいいたのだろうか、とちょっと勘繰ってしまいたくなる位、同書の中の日本論は極めて特殊な位置に置かれている。同書でヘーゲルの『精神現象学』の第8章第3部に付された註(しかも第二版への註)によると、1959年にコジェーヴは日本に旅行した際にアメリカとの差異を感得して「ポスト歴史時代」の生活様式についての「意見を根本的に変えた」のだという(246頁)。コジェーヴの日本論もまた、バルトの日本論と同じく、オリエンタリズムの文脈にのっとった、極めて感覚的な文化論であるように思える。
#そもそも、ヘーゲルの言う「ポスト歴史」と、フランシス・フクヤマなどが主張する「歴史の終わり」には、相当な理解の差があるわけなのだが(笑)。
ちなみにコジェーヴが「日本特有のスノビズムの頂点」として例示するのは、能楽や華道や茶道であり、これらが本来的に上層富裕階級の文化であったにも関わらず、日本人は「すべて例外なくすっきりと形式化された価値に基づ」いて今でも生きているのだという。そして、西洋世界との文化交流の結果は西洋人を「日本化」へと導くだろう、というのが、コジェーヴの未来予想である。バルトの記号論的理解とは若干視点を異にするものの、これもまた、日本の<萌え>文化の記述と極めて親和性が高いことは確かであろう・・・PPGのリメイクが指し示すような「世界戦略」をも含めて(笑)。

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