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どうやら髪留めの形に落ち着きかけているような気配

gizatan2
数年前に描いた、戦前の五十銭銀貨、通称「ギザ玉」の擬人化キャラ「ギザたん」を掲載しようと思ったのだけど、今見てみるとやや<萌え>度に欠けるきらいがあるので描きなおしました・・・なにやってるんだか(笑)。苦し紛れに肩から図柄にあった菊?を生やしてみたら、なんだか「許されざるいのち」のレオゴンのようになってしまった。
#しかし私の絵は等身が下がらないな(泣)。
果たして今どうなっているのか判らないが、これも藤田さまに教えてもらった<硬貨たん>シリーズ。<OSたん>には各OSの個性、という動因があったが、様々な硬貨(現用硬貨に限らないらしい)にいかなるドラマトゥルギーを見出すべきなのか、古い地球人の私としてはもはや予測すらつかない。擬人化という行為は、ドラマトゥルギーを紡ぎ得る主体として、人間でないものを人間の形に仮体して表現するのであろうし、なにより、お絵かき掲示板などの媒体で示される<硬貨たん>のグラフィックイメージには、ちょっとした背景説明を示す(もしくはそれを読み込む)コメントが記載されているのだから、そこにはかつて用いられていたものと類似の回路が存在している筈なのだが。
以前コミティアで<戦車少女>という、これはなかなかに良く出来た擬人化ものの本を買ったことがある(本来ならここでリンク貼るのが礼儀なのかも知らんがやり方がわからない・・・すみません)。そこでは、そもそも人間型をしていない戦車を擬人化するにあたって、デザインのマイナーチェンジは勿論、戦歴なども勘案しなくてはならない旨の作者のコメント、というか気概が記されていて、なるほどなと思ったものだが(私はミリタリーには全くうといのだが、おかげでちょっとT-34に詳しくなりました(笑))、多分<硬貨たん>の描き手がコインコレクターと重なることはほとんど無いのだろうから、使われているのはおそらくこの回路でもないのだろう・・・「データベース化」の客体としての<萌え要素>が、解釈者に負担をかけるということは再三記してきたが、これは逆に言えば、解釈者(そして現在では簡単に記号の発信者に転換する)に物語構築能力をいやおうなしに付与しているのだろうか。だとすれば、それが過去の<物語>とは様相を異にするであろうとはいえ、これは喜ぶべきことなのかも知れない。


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Posted by: http://www.mucamps.com | January 21, 2016 at 11:57 AM

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