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December 2004

第三種ドキドキゾーン(1∵5∵3の会)

hikaru
太田虎一郎『宇宙の法則世界の基本』によって、ジャンパースカートの脇の部分が<第三種ドキドキゾーン>に指定されていたことを、寡聞にしてこれまで知らなかったのである(笑)。この制服そのものは竹本泉の『ちまりまわるつ』で主人公のちまりが通っている学校のものだが、スカート丈が今風に短くなってしまったので、これは架空のデザインである・・・実際にも、脇がこういう感じで開いたジャンパースカートを見たことはほとんど無いが(小田急線沿線で何度か見かけたことがあるような)。
さて、このブログでは竹本泉ネタを頻々と取り上げているが(私の人格形成に多大な影響があったので・・・)、現在の連載『よみきりもの』は、毎回違う学校を舞台にした読み切りの学園ものなので、毎回違った制服のデザインが楽しめる趣向になっている・・・勿論、それがメインではないのだが、それでは一体なにがメインのネタなのかといわれると、はたと困ってしまうという難儀な連載なのである。作者自身もそれを自覚しているらしく、最近では各巻の最後でその巻に登場したヒロインのカテゴライズを行うようになっているが(三つ編みの娘の割合とか、にらんでるのがデフォルトの娘の割合とか・・・)、これまでの連載を見ていると、定期的に「背が低くて元気(?)」というカテゴリの娘さんが一定以上の割合で登場してくることに気がつく(涼宮わひろ(1巻「みちのまんなかに岩」)、郡山かすみ(2巻「たべる少女ははしる少女」)、鈴木宇さ美(3巻「うさぎのお屋敷」)、佐東めぐ美(4巻「きくばらないな少女」)、姫山琴子(6巻「太陽から45センチ」、ちなみに彼女なんと身長141センチである(笑))、歌田之子(7巻「雪ふれば」))。今回描いた『てきぱきワーキン・ラブ』のヒカルも、おそらくその中に含まれるのだと思うが(第37話で身長153センチだという設定がある)、これはデビュー当時の「にっちもさっちもひとみちゃん」から一貫して用いられているモチーフのようである。
でまあ、別にオチは無いのだが(正月に実家に帰ってオチ考えてきます(笑))、前回保健委員長を絵柄に選択した際に背丈のことを書いたので、その説明というか補足というか自分の属性紹介というかそんなわけであった。みなさん良いお年を。


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超兵器図書委員長

medical
またもや西川魯介ネタで申し訳ない。しかも描いてるの図書委員長じゃなくて保健委員長だし(笑)。というわけで今回のネタは山名沢湖『委員長お手をどうぞ』。「前代未聞の委員長オムニバス」、って、そりゃそうだろう(笑)。
通例、「委員長」といえば学級委員長のことを指すものと思われるが(名称は学校によって異なるらしい・・・生徒会と連携している場合は「中央委員長」などと呼称するようだ(竹本泉『むきもの67%』))、作中でも語られているように、学級委員長については一通りステレオタイプな人物像、もしくはそれを表象するイメージがある程度固まっているようである(作中では「きっちりした三つ編み」「ガリ勉メガネ」「ピン留めに膝丈スカート」「ちょっとだけきつめの目つき」が挙げられている)。ここで示されているのは、学校という特殊な権力空間において、「校則」という曖昧な上位規範を誠実に遵守し、学問という教育空間の規定の目的に適合的なライフスタイルを送ることを予定された「生徒」の姿である。
そうであるならば、作中第一話で示される「委員長=姫(王族)」の比喩はなかなかに意味深いものがあるようにも思われる。「しんどいときはお姫さまが国民に勅令を下していると思ってみる」というのは、市民革命以前の身分制社会における王権の支配を暗示しているのであろうから(そうであればここは正確には「国民」ではなく「臣民」であろうか)、委員長が振るう「権力」は、社会契約的な意味において「学生」が支えるものではなく、何か別にその権原が求められる性質のものなのかもしれない。例えば、学校という団体に帰属することと、「校則」という規範を遵守することは必ずしも等価ではない筈なのだが、我々はひょっとすると入学の際に自らの権利のいくばくかを委譲しているのだろうか?。
ちなみに第1巻では、学級委員長、図書委員長、保健委員長の他に、風紀委員長、体育委員長(ヒロインは副委員長)、美化委員長が登場する。保健委員長や美化委員長というのはこれまでなかなか無かったパターンであろう。今後の展開に注目したい。
#ちなみになぜ保健委員長を描いたのかというと、単に好みの問題である(笑)。最近こういう、後先考える必要の無い無条件な「元気」が眩しく見えるのである。あとは・・・まあ、あえて言えば背丈ですか(爆)。

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ガイアの夜更け

strungle
仕事が一段落したのでいろいろネタ元を仕入れてきたのだが、さしあたっては大和田秀樹『超大魔法峠』から。とても原作の筆致は真似できないのだけど(笑)。佐々木健介-天山広吉戦の写真から起こしたのだけど、ストラングルホールドγって、こうして見るとどこが極まってるんだか一見わかりにくい技なんだなあ(註:梃子の原理で、腿の後ろで相手の首を後ろから極めています)。
プロレスを見るようになってもう10年くらいになるが、そのきっかけになったのは『レッスルエンジェルス』(GREAT)であった。そこそこ人気があったらしく何作か出たように覚えているが、ところどころ現実のプロレスをネタに引くところがあったりもして微笑ましかった(「スナイパー・シスターズ」とかね)。そういやムーンサルト・プレスが使いにくかったなあ・・・私は小橋健太(現・建太:プロレスリングNOAH)のファンだったので、フィニッシュにはムーンサルトを選びたかったのだが。小橋も今は豪腕ラリアットで絶対王者になってしまったけど、当時はムーンサルトしかフィニッシュホールドがなくて異様に苦労していた印象がある。
さて、『レッスルエンジェルス』はカードゲーム形式を取っていて、カテゴリ別のカードを場に出すことで技をかける仕組みだったのだが、投げ技や飛び技には派手なものがいくらでも思い浮かぶのに、派手なサブミッションはあまり思い浮かばない。勿論、アンクルホールドや腕十字なんかは入れば一瞬で決まるのだが、総合格闘技とは違い、プロレスのフィニッシュホールドには説得力が必要なので(ロラン・バルト「レッスルする世界」)、サブミッションをフィニッシュに選ぶのは結構リスキーなのかもしれない。ケンドー・カ・シン(フリー(だっけ?))のヴィクトル式腕十字や、田中稔(新日本プロレス)のミノルスペシャルは派手なサブミッションとして見た目にも説得力があるが、その意味ではやはり、低空ドロップキック→ドラゴンスクリュー→フィギュア・フォー・レッグロックという一連の流れをドラマティックに再生した武藤敬司(全日本プロレス)はプロレスの天才であろう。
そういえば、女子プロには最近、あまりサブミッションを売りにした選手は少ないように思える。業界自体が狭くなってしまったので、サブミッションを説得力あらしめるほど使い続けることのできる選手が少なくなった、ということだろうか。長与千種のガイアジャパンもクローズするそうだし、寂しい限りである。個人的には里村芽衣子にがんばってもらいたい。
#あ、今回オチがない・・・(笑)。

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宇宙人東京に現る(しかも二体)

huka-humika
まあ、流行ものということで『ネギま!』ネタを一つ。しかし彼女らの中には誰一人まともな中学生がいない・・・というかまともなやつは取り上げられないんだろうなきっと。彼女らがレベル7ニンジャだとすると、さしずめ長瀬楓はマスターニンジャというところか(笑)。
ゴジラがファイナルだというので記念に手裏剣の代わりとしてパイラ人を持たせてみたのだが、よく考えたらこれ東宝じゃないよね(笑)。つーかあまりにコアすぎて読者がついてきているのかちと心配・・・そもそも読者がいるのかどうかということ自体が心配ではあるが(泣)。まあそれはともかく、どうしてゴジラに引っ掛けたのかというと、そもそも小美人について語ろうと思ったのである。ひねり過ぎか(笑)。
ミステリにおいては、双子ネタはある種の神秘性をほのめかす小道具として用いられてきた感があるが(『八つ墓村』とかね)、最近読んだ綾辻行人の『暗黒館の殺人』には、さすがに「おいおいそりゃないだろ」という双子が登場してきた。そもそも双子ネタは作品に触れるだけでネタバレになってしまうことが多いのであまり語れないのだが(竹本健治のアレとか(笑))、美鳥・美魚という名のこの姉妹は、黒髪の美少女でH型シャム双生児、最初は和服、続いて黒のワンピースで登場し、ダンスは踊るわ連弾はするわ、もうなんというかやりすぎ感満載なのである。
でふと思ったのだが、これはひょっとすると綾辻すらも「萌え」に侵食されている証なのではないだろうか。講談社ミステリ自体が今や世の中の「萌え」の重要な牽引力になっていることはもはや明らかだし(西尾維新の確信犯っぷりはある種爽快ですらある)、双子ネタが『フィギュア17』やら『双恋』やら『スィートジェミニ』やら『はじるす』やら(最後のは双子じゃないか、よく考えたら(笑))と氾濫しているところを見ると、まあありえない話でもないな、とも思える。
どーでもよいことだが、このブログが「アルクトゥルス」の名を掲げている今ひとつの理由に、この星にツアールとロイガーの双神が幽閉されている、という故事?がある。なので、早晩双子ネタには触れる必要があったのだが、今ネットで検索してみたら、ダーレスの作品の訳だと「アークトゥルス」って表記されてるのな(笑)。ネタ振りに最初から失敗していることが判明してちょっとヘコみ気味である。

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たたかいもの

valkyrie.jpg
・・・太い剣を持った娘さん、というと私としてはやはりワルキューレが真っ先に思い浮かぶのである。とはいえ、今改めてオリジナルを見てみるとそんなに太い剣、というわけでもなかったので、これは専ら元イメージが私の中で勝手に誇張されたということであろう。
『るろうに剣心』に紹介された斬馬刀みたいな例外はあるにせよ、描いたバランスとしてはまあこれくらいの太さが<剣>としては限界だろうか。もっとも、TRPG世代としてはこれは片手剣の大きさではないので、楯を持つのはルール上おかしいということになるのだが(笑)。間合いや威力のことを考えれば、白兵戦用の武器としては圧倒的に槍が有利だとは思うのだが、絵的には槍は馬を伴っていないと今ひとつバランスが取れないようにも思う・・・ああでも、薙刀少女ってのはありかもしれないなと今思った(笑)。
そういえば数ヶ月前『トロイ』を友人と見に行ったのだが、そこではアキレウスがグラディウス?を使っていて、あまつさえミュルミドンがスピアでファランクスを組んだりもしていた。きっと彼らはローマ人なのであろうと推察されるが(ああ、それで最後にアイネイアスが出てきたり、アガメムノンが「わが帝国」とか叫んだりするのか。納得(笑))、それはともかく、リーチの短い武器を持って重装備の相手の懐に飛び込む、という戦い方は、見ている分にはまあ一種のカタルシスを覚える絵面ではある。ローマ人とはいえワイヤーアクションで楯を飛び越えたりはしないと思うが(笑)。こう考えてみると、それが飛び道具であるにせよ(デリンジャーみたいな武器を想起されたい)そうでないにせよ、持つ者のスケールに比して、バランスを失して大きいか小さいか、という誇張がある方が<武器>の絵としては面白みが在る、ということになるのだろうか。勿論、均整の取れた武器の美しさとベクトルは異なるが。
それはそうと、ワルキューレは今は無き『ゲーメスト』別冊『ギャルズアイランド』(だっけ?)の第1号で読者投票一位であったことを覚えている。どこで読んだか忘れたが、富士宏は「誰が描いてもワルキューレに見えるように」デザインしたと言っていたように思う。その意味では、ゲームのキャラクターというのは、作者から離れて記号の集合体として二次創作の媒体となるべき運命を背負った最初のテクストなのかもしれない。

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