« October 2004 | Main | December 2004 »

November 2004

なぜ彼女はMS06-Kなのだろう(ホントはC?)

zakucannongirl.jpg
しかしまあ、確かに小川直也はプロレス下手だなあ、とこの前の新日中継を見て改めて思った次第。自分でもきっと立ち位置を決めかねてるんだろうけど・・・ってあんまりこの話題続けるとカテゴリ違いになるからこのあたりで。
重火器といえばやはりキャノン砲、ということでザクキャノン娘(ホイホイさんにも「キャノンユニット」があるくらいだから(笑))。私が人格形成期に見ていたサンライズのロボットアニメには、肩にキャノン砲を装備している機体がかなりの確率で登場していたような記憶がある。当時の玩具メーカーのイメージとして、重火器装備の方が売れるというのがあったのだと思うが、これは明らかにデザインコンセプトと違うだろう、という機体まで、重そうなキャノンユニットを肩に担いでいた。いっそザブングルくらいまでコンセプト(というか既にウォーカーギャリアと世界観自体が違う(笑))がずれていれば子供心にも笑えるのだが(ボトムズのレッドショルダーはまああれはあれでアリだと思う。個人的に)。一番バランスが良かったのはダグラムだろうか。話暗いけど。
恐らく重火器は即物的な強さの象徴なのだろうが、その点では当時微妙だと思っていたのが『聖戦士ダンバイン』の後期主役オーラバトラーのビルバイン。肩にオーラキャノンを二門装備してる姿はまあ確かにそこそこ強そうではあったのだが、どう考えてもハイパー化したレプラカーンとかの方が明らかに強そうなのである。世界観上ぐねぐねした曲線を使うことが出来るので、凶悪なフォルムが作りやすかったのかもしれない。ビルバインはなんだか直線的なデザインだったし(一応必然性のある設定だった気もするが)、ちょっとワリを食った感が否めないのである。
#そういや変形したっけね(飛んでる姿はほぼ『勇者ライディーン』(笑)・・・『SPTレイズナー』も後半変形したんだっけ?)。
##どうでもいいがMS少女を初めて描いた割りにガンダム話にならないな(笑)。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

昔は中折れ式が主流だったような

suzu.jpg
最近はあまり友人たちと出かけることが出来ないので、一人で書店などに行くことが多いのだが、その際「確実にコレは単なるネタだよな」と思うコミックスを買ってしまうことがある。とりわけ最近の傾向として、帯に妙なコトバが連ねられているとつい手にとってしまう(前にも話題に出した『かるき戦線』は「ステキ!部屋着ジャージで出てきちゃったアノ娘!」である(笑))。今回のネタ、三宅大志『すぱすぱ』もその一つなのだが、問題のコトバは3巻の帯の「ゴスロリショットガン娘萌え~っ!」である。
<ゴスロリ>とは<ゴシック>と<ロリータ>の複合語であるところの<ゴシック・ロリータ>を約めたコトバであるが、私の中でこの二つのコトバは今ひとつ順接的に結びつかない。<ゴシック>は相当に幅の広いデザインのムーヴメント(個人的には、建築のほかに、ロマンスやホラーといった文学ジャンルに表現される場合にしっくり来るのだが)を示すのに対し、<ロリータ>は専らそれを解釈する側の嗜好に寄りかかったものに聞こえるからだろうか(尤も、ナボコフの原テクストを離れて、専らファッションについて用法だと特定するならば、装う主体が同時に解釈者であっていけないことはないのだが)。
巷間の「萌え」記号をいくつか類型化してみると、その中に「逆説的な関係」に駆動されるものがあるようなので(でじこの「目からビーム」のようなものか(笑))、その意味では<ゴスロリ>はそれ自体が既に単体で「萌え」記号としての要素を備えているのであろう。とすれば、「ゴスロリショットガン娘萌え」は、<ゴスロリ>という「逆説的な関係」による「萌え」をメタ的に包み込む形で、更に<ゴスロリ>を身に着ける少女と<ショットガン>という無骨な火器のイメージのギャップにも駆動されるという、いわば二重構造の「萌え」システムだということになる。昨今の「萌え」の多様化はもはや類型的にフォローできないのかもしれないが、イメージの複合性(順接/逆接)とその重層性が新たな「萌え」を生み出すのであれば、そこには眩暈がするほどに芳醇な意味世界が開けていることになろう。「手を腰に当てて牛乳一気飲み萌え」とかあるそうだし(とある先輩にきいたことがあるのです・・・裏取ってないですが)。
なお、個人的には、ショットガンは結構<ゴシック>なイメージの火器だと思うのだが・・・ミ=ゴとかにもきっと有効なんだろうし(笑)。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

三半規管の行方(ネコミミルート終わり)

cmer.jpg
・・・もうちょっと古式ゆかしいSFのダサっぽいスーツにしようと思ったのに、気がついたら私の中のイメージはこんなにもアレに汚染されていたのだなあ(泣)。
そもそも「ネコミミ」が発生する、つまり人間の頭部に位置する箇所に耳が来る、ということは、常識的に言えば頭蓋骨の形状自体を変えないことには起こりえない(巷間のネコミミ少女は、髪がちょうど本来耳のあるべき場所にかかる髪形をしていることが多いが、あの下はどうなっているのか疑問を感じたことはないだろうか?)。もっとも、桜玉吉の『しあわせのかたち』のべるのは堂々と耳が四つあったし、『ギャラクシーエンジェル』のミントに至っては、自在に動くくせにあの耳はカチューシャの付属品だったりするのだが(笑)。
ともあれ、「ネコミミ」が矛盾なく存在するためには、それなりの背景設定があるべきであろう。『はいぱーぽりす』の夏姫は猫又ハーフ(これも設定にかなり無理があるが(笑)・・・あ、そういやこいつも耳四つあるな)、『ヴァンパイア』のフェリシアはなんだろ、ケット・シー?(やっぱり無理があるか)・・・とまあ、指折り数えていくと、ネコミミが生えていて一番違和感がないのは、SFのギミックとしてのミュータントではなかろうか、と個人的には思うのである。そこで、コードウェイナー・スミス<人類補完機構>シリーズから、我らがアイドル、ク・メルにご登場願った。イラストはそういったわけでク・メルのつもりなのだけど、何しろ手元に本がないから、作中どんな描写だったかまったくのうろ覚えなのである。あんまり容姿の描写はなかった気もするし・・・。ちなみに同シリーズには、現在多様化の一途を極める日本のミミ文化に先駆けて、イヌミミ少女ド・ジョーンも登場している。コードウェイナー・スミスの卓見たるや恐るべしである(笑)。
#次回はもう一つの選択肢<ショットガンルート>へ。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

ヒゲよさらば(ネコミミルート続き)

keit2.jpg
大石まさる『泥棒猫』から婦人警官ケイト(作中トレカになってるって設定があったのでそれっぽく)。大石まさるも極めて良質な作家の一人である。個人的には『りんちゃんクッキーのひみつ』が好きかな。
さて、ネコミミといえば思い出されるのが、もう10年以上前に発売されたTRPGシステム『ファンタズムアドベンチャー』におけるフェルゼンティ論争である。『ファンタズムアドベンチャー』は、プレイヤーキャラクターとして異様なほど多くの種類の種族を選べるのがウリのシステムだったのだが、その中に「フェルゼンティ」という種族が登場していた。これは原作では、おそらくアヌビスと対応する種族で、直立歩行するネコ、といったものが当初のイメージだったようなのだが、日本版のルールブックではなぜかネコミミ少女のイラストが付されていた。そこで、果たしてフェルゼンティがどこまでネコに近い姿であるべきか、どこまでが毛皮なのか、ヒゲはあるのか、といったことがひとしきり『ゲームグラフィックス』誌上で議論されたのである。
その少し前、確か同じ『ゲームグラフィックス』だったと思うのだが、ハーピーが醜いモンスターかどうか、という問題が議論されたこともあったように覚えている。さすがにハーピーはどうかと思うのだが、女性の顔と上半身+鳥の翼と下半身、というのが想像力をかきたてたらしい。しかしより直截な要因としては、グラフィックイメージを主体的に利用しうる媒体として、TRPGのインパクトはかなり強かった、ということが言えるのではないだろうか。かくいう私もその一人なのだが、キャラクターシートの「キャラクターのイメージ」の欄を埋めるためにイラストを描き始めた、って人、結構多いのではないかと思うのである。
私自身はフェルゼンティをキャラクタに選んだことはないのだが、もし選んでいたら果たしてヒゲを描いていただろうか。10年以上前の自分に問うてみたいようにも思う・・・って、男性キャラにすればこんなことで悩まないのか(笑)。
#この項もう少し続きます・・・。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

「モード」の源流(ネコミミルート)

nanako.jpg
前回の記事には実は二つほど選択肢がしかけれられていたのだが、さしあたって今回はこちらをチョイス。
「巷間のメイド少女にねこみみ・しっぽが付きがちなのも故無きことではない」と看破したのは西川魯介であったが(『野蛮の園』)、巷を今騒がせているのは『月詠』のOPであろう。実は本編はあまり見ていないのだが(吸血鬼ものだというのに・・・吸血鬼についてはまたいつか語る機会もあろうが、『ヴァンパイア戦争』の再版は売れているのだろうか)、OPは確かに良い出来である。
裏を取っていないのでなんともいえないのだが、今流布しているの「ネコミミ」のイメージの源流となっている作品としては、しばしば手塚治虫の「さらばアーリイ」が挙げられるようである。これは1981年の作品なのだが、私個人には、ネコミミを含めて今「萌え」文化において流通している記号の多くは、1980年代に吾妻ひでおが世に問うたものなのではないかという印象がある。上記は、OPが『逆転イッパツマン』と似ていることで有名な『ななこSOS』から採ったものだが(掲載は1982年)、ひょっとするとコレ以前の作品にも類似のイメージがあるのではないかという気もする。吾妻ひでおはまったくもってあなどれない作家なのである。伊達に谷山浩子の友人ではないといったところか(笑)。
作中ではこれは「にゃんにゃん・ななこ」として妖怪放送局のアイドルとなって売り出すときの姿なのだが(といってもわけわからんとは思うが(笑))、ななこが「妖怪」であることを示すという文脈で登場するものであり、ナンセンスな作品世界においてではあるが、実はそれ相応に必然性を持った姿なのである。『月詠』の葉月や『ぴたテン!』の小星など、最近では意味を持たされない「ネコミミ」もわりと多いようである(後者もよく見ていないので理由があったら教えてください)。現代の「ネコミミ」は、もはや独自の意味世界を開拓しているのかもしれない。ロラン・バルトだったらどう言うだろうか(笑)。
#なお、この項続きます(よせばいいのに(笑))。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

« October 2004 | Main | December 2004 »